真・何のために勉強するのか

「何のために勉強するのですか?」

お子様にこのようなことを聞かれたことはありませんか?塾では以前、時々この質問がありました。生徒からだけではなく、お子様にこの質問をされた親御様から「何と答えたら納得させられるでしょうか?」とのご相談をうけたことも何度かあります。「将来のため」みたいな答えでは絶対に納得させることはできません。ですから質問の答えを求めて、以前はいろいろ考えていました。

ところが最近になって、この質問がパッタリとなくなったことに気づきました。その事実に気づいて、分かったことがあります。それは、この質問は統制(コントロール)に対する反応だったのだということです。そもそも、人が統制されておらず自律的に行動しているとき、そんな疑問は生じません。例えば、ゲームを楽しんでいる子どもが「何のためにゲームをするの?」なんて思うことは絶対にありません。そのような疑問が浮かぶのは、統制の圧力によってさせられているからなのです。

自律的な動機づけを育てる術があることを知らなかった頃、私たちの指導はかなり統制的でした。生徒がどう考えているかに関わらず成績向上に向けてのやるべきことを定め、聞きたいかどうかに関わらず授業を聞かせ、やるべきだと感じているかどうかに関わらず演習や宿題を課し、必要性を感じているかどうかに関わらず理解を測るためのテストをしていました。授業を聞かなかったり宿題をしなかったりしたならば叱り、テストに合格しなかったならばできるまで練習させたりもしていました。当時の指導に、生徒の意思がどうであるかは何の関係もありませんでした。「いかにしてさせるか。」そのことばかりを考えていました。

そんな統制に、生徒は疑問を感じていたのだと思います。やると認めたわけでもないことを、なぜ無理矢理やらされなければならないのか。大人にとっての正しいことを、なぜ押しつけられなければならないのか。自分の意思を置き去りにして、なぜ先生に従わなければならないのか。生徒たちは納得していなかったのでしょう。だからこそ、冒頭の質問があったのだと思います。

自律的な動機づけを育てるための指導を始め、今年で6年目になりました。今はもうその質問が出ることはありません。それは、生徒たちが自らの意思で勉強に取り組めるよう支援しているからだと思います。この4月もまた、これまで長く勉強に消極的だった二人の中学2年生が、勉強を受け入れ始めました。彼らにとって勉強は決してやりたいことではありません。それでも、彼らは勉強することに疑問など感じていません。それは、自分の意思で決めたからです。「やる!」彼らは自らの意思で、立ち向かうことを決めたのです。

何のために勉強するのか。そう問われると、ついその答えを探そうとしてしまいます。しかし、本当に探すべきは問いの答えではなく、そんな問い自体が生じない教育、すなわち、生徒が心から納得して自らの意思で「やる!」と思えるような教育ではないかと思います。

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