変化は疑うことから

生徒の成長

「嬉しいっちゃ嬉しいけど、別に大学に受かった訳でもないんで。」

初めての満点の感想をこう述べたのは、自習コースに通う高校1年生のTくんです。(先月のTくんとは別の生徒です。)平均点が50点そこそこの物理のテストで、学年でただ一人だけ100点をとったそうです。それにも関わらず、彼はあまり嬉しそうではありませんでした。そんな彼の様子は、私の予想どおりでした。実は、私は密かに予想していました。それは次の2つです。彼が満点を取るのは時間の問題であること。ただし、満点をとってもそれほどの喜びは感じないであろうこと。

満点が時間の問題だと予想した根拠は、動機づけにあります。彼の動機づけは非常に良好なのです。「考えることが楽しいから。」それが、彼が勉強する最大の理由です。だから彼は、考えに考えて、考え抜きます。そして、考えるうちに深い理解に達するのです。好成績を修めたとしても何の不思議もありません。一方、満点にそれほどの喜びを感じないだろうと予想した根拠も、やはり動機づけにあります。彼が勉強する理由はあくまでも「考えることが楽しいから」であり、「良い成績を取りたいから」ではないのです。彼が求めているのは、考えることの楽しさであり、成果はオマケにすぎないのです。

良好な動機づけから生じる彼の行動は、非常に力強いです。「本当に分かったのだろうか?」彼は、必ず理解を疑い、自分で考えます。解き方を教わっただけで彼が満足することはありません。「先生にはこう教えてもらったけど、僕はこんな解き方を見つけました!」嬉しそうに、そう報告に来ることさえありました。彼は、そんな勉強をずっと続けているのです。自習コースなので、授業があるわけではありません。それでも彼は毎日のように塾に来て勉強します。ごくたまにある彼が来ない日には違和感を感じるようになってしまったほどです。

緊急事態宣言時にも忘れられない言動がありました。「このまま学校が無かったら、もっと勉強できるのに。」しなければならないことが何も無いならば、自分のしたい勉強に存分に打ち込める。そんなふうに思ったようなのです。(ただ、すぐに課題が出されてしまったため、夢のような時間は幻となって消えてしまいましたが。)「別にウイルスに感染してもいいので、塾に行っても良いですか?」全てのコースがオンラインに移行する中、彼はこのように言って、ただ一人通塾を続けました。

今はこんな彼ですが、元々そうだったわけではありません。彼が塾に通い始めたおよそ3年前、彼は統制の圧力に苦しめられていました。「しなければならない。」その圧力によって、彼は勉強させられていました。統制の圧力から生じる勉強は、理解の伴わない形だけの勉強になりがちです。実際、当時の彼の勉強は、ただワークを進める作業であるかのようでした。ページがいくら進んでも、理解は進んでいませんでした。そんな形だけの勉強に、楽しさなど感じられるはずもありません。

ですから、私たちは彼がそのような勉強から抜け出せるよう支援しました。彼の感じる統制の圧力が和らぐように、そして、圧力に服従するのではなく、彼自身の意思で行動できるように。(このような支援を、自律性支援と言います。)そうする中で、彼は徐々に変わっていきました。彼の行動は、より自律的なものへと変化していきました。最初はか細いものでしたが、次第に力強いものへと変わっていきました。そして、いつの間にか揺るぎないものとなっていました。

「疑いの目を向けることができたから。」

なぜこれほどに変わったのか?この記事を書くためのインタビューの中で、Tくんはこのように言いました。先生に言われたことをする。それが勉強なのだと思っていたそうです。「しなさい」と言われたことをやってさえいれば勉強はできるようになるのだ。彼にとってそれは、疑う余地のないぐらい当たり前のことだったそうです。その当たり前に、彼は疑いの目を向けられるようになったのです。だから、変わった。彼はそう考えているそうです。きっと彼は、疑ううちに気づいたのでしょう。自分こそが、船の船長なのだと。

船の「乗組員」の一人だと思っている子どもはいくらもいるが、自分の船の船長だと思っている子どもはめったにいない。

エドワード・L・デシ、人を伸ばす力、P.11

3年前の彼は舵をとらず、波に押され、風に流されるがままに進んでいました。そんな受動的な行動を生み出すのは「統制的動機づけ」です。波や風を起こせば、取りあえず動かすことはできますが、動かし続けるためには、波や風を起こし続けなければなりません。ただし、波や風を大きくしすぎると、沈没してしまうこともあります。自分の目的地にたどり着くための行動ではありませんので、「何のためにしているのだろう?」と疑問を抱きがちです。もちろん、高いパフォーマンスは期待できません。

一方、今の彼はしっかりと舵をとり、自分の航路を進んでいます。そんな自発的な行動を支えているのは「自律的動機づけ」です。波が荒れようが、風が吹こうが、力強く自分の航路を進みます。彼自身の目的地に近づくための行動ですから、行動に疑問を抱くことはありません。そのパフォーマンスはとても高いです。

統制的動機づけばかりに頼る現代の教育制度のなかで、自律的動機づけを育てるのはとても難しいことです。しかし、モチベーションの科学がその道を示すとおり、それは決して不可能なことではありません。船長として子どもを育てたい。そうお考えの親御様と一緒に、この難しい課題に取り組んでまいります。

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