つい先日、高3のMちゃんが塾を卒業しました。
秋に進路が決まっても塾で勉強を続けたいと、彼女は1月末まで自習室に通い続けました。入塾当初の姿を知る私たちにとって、その背中は信じられないほど頼もしく、眩しいものでした。
「分からない」以前に「やりたくない」
彼女が入塾したのは中1の初夏でした。彼女の表情は梅雨空のようにいつも暗く沈んでいましたし、授業時間はいつも大きなため息から始まりました。
「一緒に考えようか?」
そう声をかけても、「いいです」と拒絶の壁を崩しません。勉強することに強い苦痛を感じ、心に固く鍵をかけているようでした。
悩みを吐き出せる場所へ
私たちがまず始めたのは、勉強を教えることではなく、彼女の「心の荷物」を一緒に持つことでした。学校への不満、友達関係の悩み、そして特に大きかったのは、大好きなお母さんへの複雑な想いでした。
「期待に応えなきゃいけない、でもできない……」
そんなプレッシャーに押しつぶされそうになっていた彼女の声を、ただただ聴き続けました。塾が「悩みを吐き出せる場所」になったとき、少しずつ彼女とお母様の関係も、穏やかなものへと変わっていきました。
安心の涙、そして解放
中1の冬のあるテストの前、忘れられない出来事がありました。
Mちゃんは勉強に取り組もうとはするものの、そこに大きな苦痛を感じているようでした。
「どうしてもしたくないんやったら、しなくてもいいんちゃう?」
私はあえて、彼女にそう伝えました。嫌々机に向かい続けても苦しいだけで身にはつきません。そんな今の勉強と決別するには、何かきっかけが必要だと思ったのです。
彼女はお家で、その話をお母様に打ち明けたそうです。するとお母様は、こうおっしゃったそうです。
「それも一つの方法やなぁ。やらんでいいんとちゃう?」
するとMちゃんは、ポロポロと涙をこぼしたそうです。それは、「勉強しなかったとしても、私は見捨てられないんだ」という、深い安心からこぼれた涙だったのだと思います。
この瞬間、彼女は「期待に応えるための勉強」から解放されたのです。
驚愕の成長
心が軽くなった彼女は、少しずつ「自分のため」に学ぶようになっていきました。苦痛に満ちていた表情は穏やかに落ち着き、塾での取り組みは少しずつ丁寧なものへと変わっていきました。
中2の間には、初めて自ら「自習室に行く」と言い出し、親族の不幸があった際も「頑張って勉強したからテストは受けたい」と粘るまでになりました。
中3になると、その熱量はさらに加速します。
- 「質問、いっぱいあります!」と自ら講師を捕まえる
- 塾が閉まる間際でも「あと3分あります!」と問題に食らいつく
- 夏休み前、指示もしていないのにびっしりの学習計画を書き出す
かつての「ため息」は、いつしか「向上心」に変わっていました。結果、自己最高成績を叩き出し、志望校への道も見事に掴み取りました。
さらなる飛躍
高校生になった彼女は、塾の自習室で学び続けることを選びました。そして、彼女は自分で決めた通塾日を3年間守り通しました。その結果、クラス1位はもはや彼女の定位置となりました。
勉強面以外でも、委員長を務めたり、部活にも励んだり、資格試験にも挑戦したりと、中1の頃の彼女が見たらきっと腰を抜かすほどの激変でした。
「自分で考える力」という宝物
最後の塾の日、彼女は晴れやかな笑顔でこんなことを言ってくれました。
「最初は、これしろ・あれしろと言われた方が楽だと思ってました。でも、それじゃ考えてやる力がつかなかったと思います。この塾だったから、自分からやってみようかなと思えたし、そう思えたから、自分で考える力がつきました。」
塾を巣立っていく彼女の背中は、最初に会った時とは別人のように凛としていました。
指導を振り返って
「しなくてもいいんちゃう?」
あの日、彼女の勉強は変わり始めました。
あのとき、一番勇気を必要としたのはお母様だったのかもしれません。「勉強しなくていい」そう認めることは、決して簡単なことではないからです。お母様が私たちを、そして何よりMちゃんを信じて待ってくださったからこそ、彼女は自分の足で歩き出せたに違いありません。
お子さまが今、勉強に苦しんでいるのでしたら、もしかすると「自分の人生のための勉強」にまだ踏み出せていないのかもしれません。私たちは、子どもたちが自らの力で歩き出す「信じる教育」に取り組んでいます。もしお子様が今の勉強にため息をついているようでしたら、一度お話を聞かせてください。

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