暗黙のメッセージ

苦手でも勉強に立ち向かう生徒がいる一方、勉強に立ち向かおうとしない生徒もいます。その違いの要因は何なのでしょうか。それを探りたいと思い、保護者様によくお話を聞かせてもらいます。

先日、Y君のお母様にその機会をいただきました。Y君はとても一生懸命勉強に取り組む生徒です。彼は決して勉強が好きだというわけではないようですが、勉強に取り組む姿勢は真剣そのものです。勉強に対する提案をどんどん受け入れやってみようとしますし、私どもの目が届かないところでもきちんと行動します。隙間時間すら無駄にするまいと、待ち時間に単語の1つでも覚えようとするほどです。一生懸命なのはY君だけでなく、過去に塾に通ったY君のごきょうだい皆がそうでした。そんなこともあり、秘訣をご教授賜りたいと思いました。

「勉強に対する口出しはしません。」

Y君のお母様はこうおっしゃいました。実は、勉強に立ち向かう生徒の保護者様の多くが、勉強に対する口出しをしないとおっしゃいます。Y君のお母様も例に漏れずそうでした。そして、口出しをしない理由として以下の2つをお話しくださいました。

  1. 口出ししても解決しないから。
  2. 失敗には意味があるから。

口出しをしない理由の1つは、「口出ししても解決しないから」です。お母様はこうおっしゃいました。「成績が悪いのは勉強の仕方が分からないからで、分からないのを咎めたところで分かるようにはならないと思うんです。」そして、こう付け加えられました。「勉強というのは、仕方さえ分かれば誰にでもできることだと思うんです。」塾に通い始めたY君が「勉強が楽しい」と言ったとき、勉強の仕方が分かって来たんだなと嬉しく思われたそうです。

口出しをしないもう1つの理由は、「失敗には意味があるから」です。こちらについてはこうおっしゃいました。「自分がやりたいようにやって、失敗したら良いと思うんです。失敗は運命だから仕方のないもので、そこからどうするかが大切だと思うんです。」お母様ご自身も大きな失敗をされたことがあるそうです。そして、その失敗があったからこそ、今の幸せがあると考えておられるとのことでした。

このように、勉強や失敗に対する確固たるお考えをお持ちでした。お母様ご自身が勉強や失敗といった人生の困難に対して真剣に立ち向かってこられたのだと思いました。また、このような確固たるお考えがあるからこそ、ひと時の感情に流されることなく一貫した接し方ができるのだと思いました。

そして、このようなお母様の元でお子様はどれほどに勇気付けられたのだろうかと考えました。このことは、立場を変えて考えると分かりやすくなります。二人の上司がいます。一人は、失敗してもそこから学べば良いと余計な口出しはしません。ただ、困った時にはそっと手を差し伸べてくれます。もう一人は、失敗を厳しく咎め、失敗しないようにと細かく口出したり監視したりします。どちらの上司の元で働きたいでしょうか。どちらが責任ある行動を取ろうと思えるでしょうか。

そんなことを考えながらお話しのメモを見返したとき、あることに気づきました。それは「信頼」です。Y君のお母様は、お子様を信頼されているのです。信頼がベースにあるので、きっと口出しの必要性を感じておられないのです。本当は口出ししたいのを上記の理由から我慢されているのではなく、そもそも口出ししようとすら思われていないのです。

そして、さらに気づきました。口出しをしないことは信頼の表明なのだと。口出しをしないことで、「あなたを信頼しています」という暗黙のメッセージを送っているのだと。そう考えると、口出しをすることは不信の表明にあたります。「◯◯が分かっていない!」「1日◯時間以上勉強しなさい!」こんな口出しと共に、「あなたを信頼していません」というメッセージを送っているのです。

勉強に立ち向かう生徒と、立ち向かおうとしない生徒。その違いの要因の一つは、信頼にある。Y君のお母様のお話を通して、そのように考えました。信頼が重要であることはこれまでも認識していましたが、よりはっきりとわかるようになりました。そして、これは保護者様だけの課題ではなく、子どもたちを取り巻く大人の一人である我々の課題でもあると思いました。

 

本題からはそれてしまいますが、最後に少しだけ書き加えたいことがあります。

実は、Y君のお母様のお話の中で、1つだけ違和感を覚えた話がありました。それは、起こしてあげることです。お母様は、お子様が朝起きない時、起こしてあげるそうなのです。そのことを聞いた時、先のお話と一貫していないのではないかと感じました。ただ、その直後、違和感を持ってしまった自分を恥じました。

「してあげたいからしているんです。いつまでもできることではないですので。」

お母様は幸せを噛み締めておられるのです。何気ない日常の小さなひとつひとつに、幸せを噛み締めておられるのです。それが、いつまでもずっと続く当たり前ではないことを知っておられるのです。理屈を超えた深い愛情に、目頭が熱くなりました。

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