無気力が必要なときも

生徒の成長

「最近、ずっと勉強しているんです。」

S君のお母様がこれほど嬉しそうにされるのは初めてでした。

1年前、受験生であるにもかかわらず、S君は勉強に対して完全に無気力でした。塾には来るものの、授業時間の大半をボーッと過ごしました。勉強に取り組んだとしても、少しでも分からないとすぐに投げ出しました。間違えてもその原因を知ろうともせず、ただ答えを書いて終わりにしました。分からなくても自分からは質問しようとせず、講師が働きかけるまでただじっと待っていました。苦手の英語の成績は下がるところまで下がり、まさに「どん底」という表現がぴったり当てはまる状態でした。

そのS君が、今はずっと勉強しているそうなのです。朝が苦手でどれだけ起こしても起きなかった彼が、早起きしてまで勉強しているそうなのです。なんだかんだと理由をつけて勉強から逃げていた彼が、毎日遅くまで居残り勉強しているそうなのです。間違いを全く気にしなかった彼が、テストでの1問のミスを悔やみに悔やんでいるそうなのです。苦手の英語に立ち向かおうとしなかった彼が、自分で考えて教材を買ってきたそうなのです。先のことを全く考えようとしなかった彼が、すでに大学のことを調べているそうなのです。自習室に通う彼の表情から良い変化は感じていましたが、まさかそこまで変わったとは思いもしませんでした。

S君がどん底状態にあるとき、私たちはとても悩みました。安直ではあっても、いっそのこと「させる」に訴えてしまったほうが良いのだろうかと、何度も心が揺らぎました。ただ、仮にそうしたところで、根本的な解決が望めないことは明らかです。見せかけの成績アップは作り出せても、彼が活力を取り戻すことはあり得ません。むしろ、彼の無気力を増長してしまう危険性も感じました。根本的な解決は、S君が活力を取り戻すことだ。それ以外にはない。そう考え、私たちは覚悟を決めました。

少し時間はかかったもののS君は徐々に活力を取り戻していきました。その後、志望校合格を勝ち取るまでの彼の行動は非常に力強いものでした。そして、この度のお母様のお話を聞いて、はっきりと分かりました。彼は、内なる原動力で動いていたのだと。受験というプレッシャーがなくなったとたんに勉強しなくなる生徒は、ただ外から動かされているだけです。しかし、彼は違います。受験を終えて、むしろその行動は力強くなりました。S君は、自ら動いているのです。

今振り返ると、あの無気力は必要だったのかもしれないと思います。何らかの原因によって無気力になったのではなく、S君自身が無気力を必要としたのだと思います。受験勉強、進路、次々と迫る試験や模試。津波のように押し寄せるそれらのプレッシャーに対して立ち止まってじっくりと考え、気持ちを整理していたのだと思います。無気力になることで、周りからの雑音に耳を塞ぎ、内なる自分の声に耳を傾けていたのだと思います。

今S君は、自分で考え、自分から行動しています。何の手助けがなくとも、行動しています。それはつまり、自立したのだと思います。この先彼は、彼の人生を、彼自身の手で切り拓いていくのだと思います。彼が私たちの支えを必要とすることは、おそらく、もう無いのだと思います。少し寂しいようにも思いますが、やはりこれこそが私たちの目標であるとの思いを強くしました。そして、力強く人生を歩もうとする彼の姿に、私たちが勇気づけられたように思いました。

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