成果の裏には

生徒の成長

成績をメキメキと上げている中学3年生のMくん。中3の4月に入塾した彼は、右肩上がりの成績向上を続けています。もともと上位40%だった成績は、上位10%にまで上がりました。皆が勉強に力を入れる中3になって成績を上げ続けることは容易いことではありません。そんな中、成績を上げ続けるのですから、Mくんは勉強が好きか、もしくは、高い目標をもって人一倍努力しているのだろうと、思われるかもしれません。

ところが、Mくんはこのどちらにも当てはまりません。「勉強は嫌いだ。」Mくんはそう断言します。また、Mくんには明確な目標がありません。心から行きたいと思えるような高校が一つもなくて、受験校の決定をギリギリまで悩んでいたほどです。ですから、土日であっても20時になるまでは勉強しませんし、受験直前の今でも大好きなゲームの時間はたっぷりと確保しているそうです。

それにもかかわらず彼が成績を上げ続けるのはなぜでしょうか?

それは、勉強の質が非常に高いからだと思います。「こうすることで、本当に出来るようになるのだろうか?」彼は常に疑いを持ち、真剣に考えています。そして、彼が認めたことだけをやろうとします。先生に言われたことでも、皆がやっていることでも、彼が認めない限りはやりません。なんとなくの理由では絶対にやらないのです。

例えば、彼はほとんど質問しません。彼は知っているのです。手助けをしてもらっているうちは、一人ではできないことを。だから、彼は自分で徹底的に考えます。どうしても分からないことは質問しますが、ほとんどのことは考えるうちに自分で解決してしまうのです。

また、彼は正解したからといって次の問題に進みません。彼は知っているのです。答えが合っていたとしても、そこに到る道筋があやふやであれば、出来るとは言えないことを。だから、彼は正解したかどうかにかかわらず、その道筋がハッキリと見えるようになるまで考え続けるのです。

他にも、彼は丸つけをしません。彼は知っているのです。◯や✕を書いたところで出来るようにはならないことを。それは答え合わせをしないということではありません。彼は問題を解いたら、すぐに合っているかどうかを確認します。そして、すぐに次にとるべき行動をとります。だから、彼にとって丸つけは無意味なのです。

さらに、彼はノートをキレイに書きません。彼は知っているのです。いくらノートをキレイに書いても、出来るようにはならないことを。彼がノートに書くのは、自分の理解を確かめるためです。見返すためでも、人に見せるためでもありません。だから、彼はノートをキレイに書くことにエネルギーを使わないのです。

このように、Mくんは自分が認めたことだけをやろうとし、そうでないことは徹底的にやりません。自分の感覚を頼りに、愚直なまでに、出来るようになることだけを追求しています。そんな質の高い勉強をしているから、彼の成績は上がり続けるのだと思います。

では、彼がそのような行動をとるのはなぜでしょうか?

それは、勉強の価値を受け入れているからです。彼にとって勉強は、決して楽しいことではありません。しかし、その価値は心から認めています。だから、やるのです。誰かにやらされているわけではありませんし、しなければならないと思ってやるわけでもありません。価値をしっかりと認めているからこそ、彼は思うのです。「やるべきだ。」だから、やるのです。

人は発達の過程で、社会の価値を自分のものにしていきます。そのことを、「内在化」と言います。ただし、この内在化は必ずうまくいくわけではありません。うまくいけば「統合」という完全な内在化が生じますが、失敗すれば「取り入れ」という不完全な内在化に終わります。そして、これらのどちらが起こるかは、環境の質によるところが大きいことが明らかにされています。

Mくんの内在化は、うまくいったのだと思います。つまり、勉強の価値を、しっかりと自分の価値観に統合したのだと思います。事実、Mくんの親御様がずっと大切にしてこられたのは、統合を促すような環境でした。そして、私たちが大切にしているのも、やはりこの統合を促す環境です。そんな環境の中で、Mくんは勉強の価値をしっかりと統合したのだと思います。

では、その統合を促す環境とは、どのような環境なのでしょうか?

それは、Mくんの自律性を支援する環境です。「あれをしなさい」「これをしなさい」と何かを押し付けたり、「ああしなさい」「こうしなさい」とやり方を指示するような環境ではありません。Mくんを動かすためにご褒美を約束したり、うまくできなかったことを咎めるような環境でもありません。Mくんが真にMくんの意思で行動するのを、そして、Mくんが真に納得できるやり方を探求するのを、愛情をもって支えるような環境なのです。

自律性を支援する態度は社会的文脈からの養分であり、内発的動機づけを維持するためにきわめて重要であって、より創造的で、より深く情報を処理し、活動をより楽しむように導いていくのであるが、それはまた、おもしろくはないが重要性の高い活動に対する動機づけを内在化し、統合するよう促すうえでも、必要不可欠なものであることが明らかになったのである。

エドワード・L・デシ、「人を伸ばす力」、P.137

勉強が嫌いで、目標も無いMくんが成績を上げ続けるのはなぜか。それは、質の高い勉強をするからで、それは勉強の価値を統合したからだ。そしてそれは、Mくんの自律性を支援する環境があったからだ。一見不思議に思えるMくんの成果にも、モチベーションの科学はしっかりとした説明を与えてくれます。

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