目標の変化とともに

生徒の成長

心が変わると、人の行動は大きく変わります。最近心が大きく変わりつつある、ある中学2年生、Sくんの行動の変化を紹介しようと思います。

Sくんが中1の頃、いくら分からなくても質問しようとはしませんでした。ただ何となく答えを書いて、何となく解き進めていました。塾でのテストをやってみようとすることは一度もありませんでしたし、参加自由の一斉授業に参加することもほとんどありませんでした。たまに参加してもただそこにいるだけで、ほとんど聞いていませんでしたし、発言することもありませんでした。もちろんそのような勉強で彼が満足できる成績を修めることはありませんでした。それでも彼が学習改善の提案に乗ることはありませんでした。

しかし、今の彼は全く違う行動をとるようになりました。「先生、この問題一緒に解いてください!」一人で解けない問題があると、彼は必ず助けを求めるようになりました。講師と一緒に解いた問題を、一人で解けるか試すようにもなりました。テストはほぼ必ず受けるようになりました。「これ楽しいです!」テストに対して、そんな驚きの発言まで飛び出しました。「先生、僕のためにもう1問出してください!」一斉授業の後には、そんなことを言って自らの意思で居残り練習をやろうともしました。「ちゃんと分かったら、やっぱり簡単なんですね。」つい先日は嬉しそうにそんなことを言いました。

Sくんの行動が変わったのは、動機づけが変わったからです。動機づけとは、行動を引き起こす心の働きです。この心の働きによって、人は様々な行動を起こしたり、続けたりします。中1の頃のSくんの行動は、統制的動機づけから生じたものでした。統制的動機づけとは、「バカにされたくないからする」といった、プレッシャーから生じる動機づけです。一方、現在のSくんの行動は、自律的動機づけから生じています。自律的動機づけとは、「できるようになりたいからする」といった、自らの興味や価値観から生じる動機づけです。

では、Sくんの動機づけが変わったのはなぜでしょうか?それは、Sくんの目標が変化したためだと考えられます。Sくんの中1の頃の目標は、「有能さを示すこと」でした。これは、遂行目標と言われるものです。この目標を持つ生徒は、有能さを示すために良い評価を得ようとしたり悪い評価を避けようとしたりします。勉強するのはあくまでも有能さを示すためであって、成長するためではありません。

この目標には望ましくない一面があることが知られています。それは、有能さを示す自信がない場合、行動を避ける傾向があることです。つまり、勉強で有能さを示す自信がないならば、勉強しないでおこうとするのです。この目標を持つ生徒にとって最も避けたいことは、勉強したにもかかわらず成果を上げられないことです。その最悪の事態を避けるために、勉強しないでおこうとするのです。実際、中1の頃のSくんからは、そのように考えていることがわかる発言がありました。

一方現在のSくんの目標は、「能力を高めること」です。これは、熟達目標と言われるものです。この目標を持つ生徒は、能力を高めるために成長しようとします。勉強するのは純粋に能力を高めるためであって、良い評価を得たり悪い評価を避けたりするためではありません。ですので、自信の有無は行動に関係しません。自信が無ければ助けを求め、自信があればできるだけ頼らずに、成長するための勉強をしようとします。

Sくんの動機づけがより自律的なものに変化したのは、このような目標の変化があったからなのだと思います。では、良い評価を得る目標を手放して、Sくんの評価はどう変わったのでしょうか。実は、Sくんの成績はグッと上向き始めました。成長するための勉強をするようになったのですから、成績が上がることに不思議はありません。つまりSくんは、良い評価を得る目標を手放したことで、良い評価が得られるようになったのです。

お子様の勉強に意欲を感じられないとき、プレッシャーをかけることで状況を変えさせようとされる方がとても多いです。「今は無理やりでも、分かるようになれば楽しくなると思うんです。」そんなお声を本当によく聞きます。しかし、プレッシャーをかけることは徒労に終わることがほとんどです。(プレッシャーをかけることで、むしろ問題を悪化させてしまわれるケースもあります。ですから、安易にプレッシャーをかけることはまったくオススメできません。)

そんな徒労に終わるケースの一つが、遂行目標を持っている場合です。この場合、いくら勉強させたところで分かるようにはなりません。なぜなら、分かるための勉強をしないからです。無能だと思われないために難しいことに挑戦せず、易しいことばかりをやろうとします。分からないことを隠そうとしたり、隠すばかりか、有能であると見せかけるために本当は分かっていなくても「分かった」と偽ったりすることすらあります。さらに、楽しくなることもまずありません。遂行目標が楽しさを感じる自律性の高い動機づけにつながらないことは、すでにいくつものモチベーション研究によって示されています。

お子様に意欲を感じられないならば、まずするべきことは、なぜお子様の意欲が無いのかを知ろうとすることです。もしも遂行目標をもっているために意欲が無いのでしたら、そのときに必要なのは支援することです。遂行目標ではなく、熟達目標を持てるように支援することなのです。遂行目標が熟達目標に変わったのならば、問題は自然と解消します。動機づけは改善し、成長するための深い勉強にイキイキと取り組むようになるのです。

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