見ているものが違うのはなぜなのか

何度教わってもその場限りの生徒(Aタイプ)と、一度教わったことをすぐにものにする生徒(Bタイプ)とがいます。これらの生徒は同じ問題を解いても、実は見ているものが全然違うのです。

Aタイプの生徒は、表面的な手順を見ているだけです。ですから、その直後にその問題が解けても、他に応用が利きませんし、また、表面的に覚えているだけなので忘れてしまったら思い出せません。一方、Bタイプの生徒は、解き方の奥にあるモデルを見ています。モデルとは、その問題固有の情報を排除し、極力単純化したものです。単純に捉えているので、使い所がわかりやすく応用が利きますし、単純なことなので思い出しやすいです。

Bタイプの一人、Sちゃんがモデルを捉えようと格闘した様子を紹介します。その時、彼女はある問題がどうしても分かりませんでした。ヒントを出してもうまく解決できず、最終的には私が解いて見せました。その直後のことです。彼女は、私が解いた手順のある一部分に着目しました。そして、バリバリといろんな絵を描き始めました。位置関係を変えたらどうなるのか?角度を変えたらどうなるのか?と、研究し始めたのです。ノートに書きなぐるような様子でした。そして、しばらくその作業を続けて、やっとすっきりした顔になりました。「あっ!わかりました。」と。

一連の解き方の中に、彼女の中にモデル化されていない部分があったのでしょう。彼女はその部分から、新たなモデルを抽出したのです。彼女はこうやって単なる一問題の解き方からその問題固有の情報を排除し、再利用可能なモデルに落とし込んだのです。実は、Sちゃんはそれほどバリバリ勉強するタイプではありません。しかし、それでも彼女はいつも高得点を取ってくるのです。

では、このような違いがなぜあるのでしょうか?そこには、先天的な能力や育った環境など、様々な要因があると思います。そして、その中で最も大きいと感じるのは、勉強を「やらされているか否か」です。やらされてBタイプの生徒のように勉強する生徒を見たことがありません。ただやらされているだけのことを、いちいち理解を深めてやろうと思わないのはごく自然なことだと思います。

「させる」から「する」へ。当学院では勉強に対する原動力の切り替えを推進しています。その理由の一つは、させているだけでは、本当に頭に入る勉強には到達できないと考えているからです。この夏、「する」に変化を始めた生徒達がいます。彼ら彼女らの勉強は「させる」であったときと比べ、量だけではなく、質の面でも大きく変わりつつあります。

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