期待ではなく関心を

私の友人夫婦のお話です。その夫婦は仲が良いこともあってか、他の方から「どうしたら夫婦喧嘩せず、仲良くいれるの?」と尋ねられました。奥さんは「相手に期待しないこと」と即答したそうです。旦那さんの前で「相手に期待しない」と言うのですから何だか冷たい気もしますが、それは文字通りの意味ではないようです。

ここでの意味は「理想像を持たない」のようです。例えば、奥さんが忙しいときに食器洗いをしてくれるのが理想の旦那さんだとします。理想通りであった場合は良いのですが、そうでなかった場合、「食器洗いをしてもらえなかった」とガッカリしたり、ときには「なんでしてくれないの!」と怒りの感情が芽生えたりします。しかし、理想像を持たなければどうでしょうか?そうすると、食器洗いをしてもらえたときに「忙しいのにしてくれた」と感謝の気持ちを持てるそうです。

この話は夫婦間だけではなく、親子間にも同じようなことが言えるのではないかと思いました。「毎日しっかり勉強する我が子」を理想としたものの、それが叶わなかった場合「どうして勉強しないの」「もっと勉強しなさい」という気持ちが湧き上がります。しかし、理想像を持たなければ、たとえ10分・20分という短い時間の勉強であっても「勉強してるな」「頑張っているな」という気持ちになれるのではないでしょうか。

この「理想像を持たない」を心がけることで、親子関係がシンプルに、かつ楽になるかもしれません。ただ、ここで誤解しないでいただきたいのは、無関心を推奨するわけではありません。むしろ、我が子が勉強に対してどう考えているか関心を持ち、自ら向き合えるよう見守ってあげることが必要だと思います。

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